「生きている」を見つめる医療――ゲノムでよみとく生命誌講座 (講談社現代新書)



「生きている」を見つめる医療――ゲノムでよみとく生命誌講座 (講談社現代新書)

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参考価格:¥ 798 (消費税込)


「生きている」を見つめる医療は、愛づる医療
生命誌の提唱者として名高い中村氏が共著で、ゲノムを切り口として"ライフステージ医療"について述べたもの。ライフステージ医療とは、各人が人生の各年代において適切な医療が受けられる、言わば一生涯のオーダーメイド医療の事。過去からの"繋がり"を大切にする優しさ・視野の広さと平明な語り口が好感を与える。トピックスに関するWeb記事が紹介されている点も特徴。

まず、インプリンティングと言う現象を通じて、「ゲノム=単なる遺伝子の集合」と言う機械的概念を否定し、受精からの経緯を重要視する。ゲノム全体で見る生命誌の基本姿勢がここにある由。そして、遺伝子変異の多くはゲノム全体がカバーし個体の生存を可能にしたと言う。これが「生きている」を理解する基本と強調する。子供の章では、外傷とウィルス感染に対するゲノムの働きが述べられるが、感染症を引き起こす原核生物もまた「生きている」と言う視点が広い。医学と生物学(生化学)の垣根が低くなり、病気の概念を変えて来た(感染症等)と言うのも印象的。成人の章では、生活習慣病と体質がテーマ。糖尿病等は環境も多くの遺伝子も関る多因子疾患であると述べる。ゲノム解析は重要だがあくまで確率で、「個人を診る」事の一つに過ぎないとオーダーメイド医療の基本を語る。また、「ゲノムの個人差=体質」であり、ゲノムプロジェクトは重要だが、研究と医療現場を繋ぐ努力が不可欠と語る。ガンについての詳しい考察もなされる。老年の章では脳がテーマ。脳神経の解説は微細に渡り、特に脳の幹細胞と再生能力の問題は啓発的。介護問題にも触れられる。最後に生と死(性)の歴史、そして脳死・臓器移植問題が語られる。

自身の研究分野を過大・過小評価せず、常に幅広い繋がりを考え、「生きている」事の意味をゲノムを基点に優しく語りかけた秀逸な作品。

基礎知識なしの文系人間にもオススメ
DNA発見以降の生命科学(life science)の様々な成果を、私たちの生活・人生(どちらも英語ではlife)に関連付けて棚卸ししてみせてくれる、コンパクトにして贅沢な書。安易に比喩表現等で済まさずに発見された事実や背景を丁寧に追ってゆくので、私のように学生時代にろくに生物学を学ばなかった文系人間には多少の辛抱が必要とされるものの、見やすいイラストや章立ての配慮の助けもあって、ちゃんと読み通せるようになっています。そして読み終えた時には、新聞の医療記事や家庭医学書等を読む際の柱を得られたと実感できると思います。

個々の興味深いエピソードの紹介に目を奪われて、生命誌の立場からのオーダーメイド医療の提言がそこからどう導かれるのかを気にせずに読み終えてしまいそうになりましたが、やや強引に三段論法的にまとめると、以下のようなことかと思います。

1)DNAの組み合わせパターンであるゲノムは、種としてのまとまりを形作ると同時に、個体の個別性を作り出し記録している。これは人間にもウイルス等の病原体にも言えることである。

2)ゲノムは、環境に適応して生存するためという合理性だけでその成り立ちを説明できるものではなく、種や個体が辿った経路への依存性(path-dependency)を持つ歴史的存在である。

3)人体の機能の劣化や病原体との相互作用を制御することを目指す医療においては、ゲノムの研究に大きな期待が寄せられているが、ともすれば静態的分析の精度の追及に偏りがちである。私達は、ゲノムの成り立ちの歴史的ダイナミズムに留意して、かけがえのない個体をトータルに把握する臨床医療にゲノム研究を生かしてゆくべきである。

このような構造主義的(?)な整理は著者達の本意に沿うものではないかも知れません。ぜひご自分で本書を手にとって、オーダーメイド医療、ライフステージ医療の意義やあり方について考えてみてください。




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